Archive

価値のある言及(対象)

つい先ほど 不毛な議論 というエントリーに追記を設けて、おてもん氏が主張することはおてもん氏自身を否定するという結果を招きかねないことにご本人は気付いていらっしゃらないのだろうなぁというようなことを額に汗しながら(暑いからね)考えてみたりしたのだけれど、氏の主張する「言及の方法はもっと手段を選ぼう」という主張(と解釈しました。相手のスタンスの在り方を理解したほうが、乱立する意見に一喜一憂しないためにも有意義周辺より)がどうであるとかを考える以前に吟味するべきことがあるのだということを強く実感っていうか。っていうか。

あー。なんていうか。氏は議論というものを相手をいかに負かせて服従させるか、そのためのツールであるという価値観を根底に抱えているかのような文章をお書きになるけれど、早速自身の主張の正確さを検証するために、以前の文書で書かれた手段でもって他所のブログを批判されているそのバイタリティには頭が下がる思いです。

皮肉だけに終始すると後で読み返したときに自分でもわからない文章になるので具体的に言及するならば、なにかしら正義を基準として相手の不正義を突く、つまり自身の価値観を正常なものとして相手方の行動や思想やその結果を不適切なものであると一方的に断じることであると解釈することのできるこの方法ですが、この人が問題なのは、この人の心の中の実験室を世界全体に広げてしまっているというのは氏の価値観や思想に強く依存する(要するにこの文書だけでは他者を納得させ得る批判の根拠にはなり得ない、というような)ものであって、つまり自分のそういった価値観を基準として相手を問題視するという、えーと、まぁそういうことなんですが。

という指摘は相手の意見の論理矛盾を突く「論破志向」であって不毛な議論であるよ、ということかも知れませんが、そのようなカテゴライズに全く意味がないことと自分で掘った落とし穴に自分から飛び込んでいることに気付くべきではないかなぁとか、まぁぶっちゃけ俺様ルールを公開するならそれは守った方がいいんじゃないかなぁとか。

最後になりましたが、ワタクシは論破することによっておてもん氏を改宗させて自身よりも低い位置に定義づけよう、とかそういう意志からこのような文章を書いたものではないということを明記。

20:23 追記

最後の一文(論破することによっておてもん氏を改宗させ~)は「私はこの意見を発信するけれど、それが相手方の思想や意見に全く影響を及ぼさないことを期待するよ(影響を及ぼすことを全く期待しないよ)」といった類のものではなく、議論が勝敗優劣を定めるためのツールであるかのように捉えるおてもん氏の解釈に対して「『私の意見を最後まで貫き通して相手方もそれに染めてみせるよ』という考えを放棄しているよ」という意思表明であり、恐らく西部氏のおっしゃる相対主義的な考えとは若干違う立場ではないかなぁと自己分析します。

とはいってもそれ自体、相手の発言や意図を全く汲まずに自分の意見だけ述べているわけだから、相対主義者であるというのも間違ってはいないのか。議論というのはどちらかが勝ちどちらかが負け、相殺したり混在することなくオールオアナッシングで誰かの意見が通る、というような解釈も生産性の悪い言葉遊びだなどと思いつつ、最初から受け流すつもりで相手の目の前に立つことも(相手のスタンスの在り方を理解することに繋がる?)思ったより失礼なことであるなぁ、とか。

というやり取りが言及先の記事作成者に知れることなく展開されるということもなかなかオツなものであるなぁ、とか。

20:34 追記

失礼なことかも知れないけれどただの連想ゲームだと思って書いておくことに。「おてもん氏」と書こうとすると一瞬「おてもやん 氏」と脳内処理してしまう。人知れずネタ生産する脳だとか考えると気持ち悪い。

Comments

Trackback