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2006年12月30日

総括・2006

なんつかね、今年はアレですよ。容赦がなかった。誰がっていうと恐らく厄年であるところの僕に対する運命というかそういったニュアンスの「人間が敵わない巨大な存在」を演出して自分の無力さと無罪であるかのような無垢さを演出する使い古された陳腐としか呼べないような仮想敵のことなんですけども。容赦がないので最近映画も観ていませんし、漫画も読んでませんし、読んでないことはないですけども、以前よりは量も減りましたし、ときめきも減りましたし、自炊も減りました。貧乏暇ナシとまではいかない気持ち程度に貯金は増えました、しかし貨幣や通貨に何の絶対的信頼も置かない人間にとってそれが肖像画としての紙切れであったり記号としてのコインであったりささやかで矮小な人望を得るための道具以上に何になるというのか。でも貯金があるのはいいことだよね。あるに越したことはない。余ってたらください。

とりあえず今年始めた新しいことはと言えば、ギターを以前から弾いているんですけども、それのエフェクターを自分で作ったりするようになったことですか。そのうちアンプ作りたいとか言い出すかも知れない。そして感電して「もうコリゴリだよ~」とか言いながら骨とか透けてビリビリ言ったりするかも知れない。うん。それはないよね。ないよ。死ねばいいのに(片桐仁)。

あとは……今年何やったんでしょうかね。部屋にちょっと家具が増えました。SNS でちょっと知り合いが増えました。あとは……ウェブログとか更新しなくなりました。ひとまずまだ残しておいて、適当に書く気になったらまた何かしら更新するでしょう。ただ、mixi の日記機能に比べて面倒くさい。スパム多いしな。毛糖どもが。あと久し振りにここへ文章を書こうとしたら自分のキャラ的なそれがよくわからなくなっていて、今書いていて物凄く恥ずかしい。リハビリ的に何か書けたら書きますよ。来年まで覚えていたらな!

今見返したら去年の年末にも mixi がどうのとか書いてるの。もう見てらんない。それではよいお年を。メリー。ハヴ・ア・ナイス・ニューイヤーズデイ。

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2006年07月31日

さういへば厄年

別に忘れていたわけでは全くなくてむしろ今もひしひしと実感している厄年という年中無休国民的恒例行事の主賓であり、年男であり、一昨日が生誕記念日であり、去年は夜勤明けに自覚したその記念日を夜勤を迎えるにあたって自覚した今年であり、結局のところモラトリアム人間 → 社会人化してからの僕の記念日といえば大概夜勤なのであった。悪そうなやつは大体友達。特別な日は大体夜勤。多い日も安心。

厄年の人に「厄」を連想させる言葉を言ってはならないという習わし(まるで受験生に「滑る」「落ちる」が禁句であるかのように!)が岐阜の奥地とかそこらへんにあるというまことしやかな噂のような今僕が作り上げたどうでもいい作り話がありますが、だとすると やくみつる 氏なんて「厄満つる」でありとてもエクセレントで傍迷惑な話だと思った(やく氏が)。

去年の僕 も大概アレだなあ。

今年もひとつよろしくお願いします(何も思い浮かばなくなったので落とす)(新年の挨拶のように)(落とすとか受験生には禁句)(厄いわね とか禁句)。

2006年05月08日

サミットとサザザさんと僕

連休を利用してふらりと遊びに行ってふらりと立ち寄ったのがすなわち T シャツ・ラブ・サミット Vol.7 "ストライク" でした。ここで T シャツなんぞを買い漁ったりただ漁ったりあとソフトクリームを食べたりしました。あとは 活弁士 坂本頼光 氏のアヴァンギャルドな芸を見て「本来は古風で奥ゆかしい芸がこのような前衛的破天荒さを獲得したるやむべなるかな」とか思ったり思わなかったりした。ネオ活弁なる言葉もあるようだし熱いジャンルだなあとかいうことも思ったりした。

サミットで入手した T シャツは三着あるのだけれど正直どこのブランド?だったか忘れてしまっていて、ともかく LOOP の水色シャツが気に入ったことと店員が「客を見たら条件反射的にチラシを出してしまう」「このイベントで人気最下位店には罰ゲームがあるんだ」的なことを言っていたことが印象的でありました。あと 吉田ナゴヤ堂本舗 のシャツがもう本当にデザイン的にぎりぎりで、というかその狙い定めたポイントはまあ中の上レベルくらいであった(傲慢)のだけれど、宣伝文句が「ださい T シャツはいかがですかー。大変かっこ悪くなっておりまーす」という気の抜けたものであってもうそれだけでレベル二段階くらいアップだと思った。買わなかったけど。

あと普通に店先下に並べられていた段ボールの中にアウトレットシャツが三分の一くらいの値段で売ってて、次回サミットに行く予定のある人は足元をチェックするといいと思った。

特にどうというオチもないし、連休中他に旅行など行っておりません。

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2006年04月30日

吉田豚とヒューガルデンと僕

僕はといえば肉食動物かというくらい肉を食うし好むことで一部のコアな人たち(関係性が)によく知られているのだけれども、そしてさらに言えば甘いもの好きでもあるのだけれども、そんな僕がこんな貧乏舌で信じる近隣で一番旨い豚を食べさせてくれる店すなわち ヴァンピックル名古屋 にて 吉田豚 を食す機会に恵まれてああ僕というやつは全くもって幸せなもんだ今畜生、などと思い、割とうまくいかない日常などどうでもよいことなのだと解脱するに成功した(食卓についていた三十分ばかりの間)。君たちのうちの好奇心よりも安心感を優先するような連中においては、吉田さんを貶しているとも取られかねないネーミングセンスや店先に掲げられた「電殺!吉田豚」といった強烈なコピーに驚き慄き身を引き掴みかけた幸せを棒に振るのであろうというか今日食事中に店に入ってきた女性客二人組みがそうであったため心の奥底で密かにせせら笑ったのであるけれども、ここはひとつ心を鬼コーチにして吉田豚に挑んでいただきたい。この旨さたるや他所の店の豚料理が霞んでしまい料金を請求されることに腹を立て憤慨した勢いでその店のオブジェ的何かを破壊しつくし店員を陵辱しつくし(警官に追われ)繁華街を闊歩しつくしても足らぬといった雰囲気であるといえなくもないというかもうとりあえず旨いのでよろしくお食べください。

あと僕は苦さゆえにビールまたはビアーが苦手なのであるけれど、なぜって「くるしい」と書いて「にがい」と読ませるような飲み物を積極的に摂取したくないというかそれは今考えたのだけれど、そんな僕にも比較的ライトな口当たりと甘みの ヒューガルデン は結構ナイスでありグレイトであり「とりあえず生」といった日本の居酒屋における風習に堪忍袋が大破寸前のあなたも試すとよいと思いました。

誰か旨い店を教えてください。どんどん教えてください。

2006年02月13日

彎曲人間率直化計画

夜中にふと目を覚ます。

僕は物心ついたときから独りでいる時間がとても好きで、というかそれが自然体であって、好きとか嫌いとかではないのだけれど(好んでそうするのか、と問われると違うような気がするが、そうでないことが長いこと続くのは苦痛に感じることもある)、それでも定期的に誰かと接点を持たなければ何がしかの理由で破綻してしまうんだろうな、などと思ったりする。既に破綻していなければ、という条件付きではあるけれど。独りで食べる夕食が決してダメなものだとは思っていないけれど、誰かとあるいは大勢と食べる夕食というのは、別の栄養を摂取しているように感じることもできる。その程度には感受性を保っている。

何が言いたいかと言えば、要するに一緒に夕食を食べるような間柄の人が物凄い少ないということであるのだけれど、ともだち ずっとともだち ずっとともだちいないというか、友達いない、友達驚くほどいない、死にたくなる事実だが友達驚くほどいない、という三段活用というかますますわけがわからないけれども、要するにそういうことである。誰かに何かを相談されることは多々あったけれど、誰かに何か相談するようなことがほとんどなく、「夕飯おごるからちょっと話に付き合ってくれ」なんて気の利いた台詞のひとつも言えないのである。別に相談しなければならないことを常に抱えているわけでもないからいいのだけれども。ついでに言えば一緒に買い物に行くような間柄の人もいないのである。インターネットやら mixi やら orkut やらで友人が増えたといえば増えたけれど、そんなものはまやかしに過ぎないのだ!電脳空間の仮想商取引なのだ!と微塵も思っていなくて、結局のところ文化的な土台をほとんど共有しない人とはやはり共通認識を持つことが難しく、長い時間あるいは深い関係構築をもってせねば友人と呼べるほどの間柄にまでは発展しないのであり、僕の好きな「独りの時間」と「インターネットにおける活動」という二つの事項は驚くほどに相反しないのである。それどころか、悲惨なまでに融和してしまうのだ。

「独りの時間」にはこのような独白も含まれる。不特定多数の人間に向けた文章の何が独白か、と思われる方もなくはなかろうけれども、不特定で多数な彼らのほとんどは、僕に対して何か働きかけることなどしないのだ(しかし果たして、コメント欄が僕の人生観を変え得るだろうか?)。増してやこのような CMS など使ってしまえば、ぎりぎりのぎりぎりまでこの文章が破棄されない保障などないのだ。そのような、誰かに向けられるかもわからない、誰かが受け取ったかもわからない、そんな文章にどうして人と人とのつながりを期待できようか。

というようなことを、夜中にふと覚めて思う。明日も仕事。に行きたくない。かなりのレベルで行きたくない。仕事に行かないことを仕事にしたい。あああああ。

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2006年02月09日

さよならエロチャリ

確か昨年の一月に購入して乗っていたエロチャリこと Erotic Design Works の街乗り折り畳み自転車であるけれども(会社は倒産?ネット上のリソースは全部消滅)、これがまた多難というか不幸な一台で、購入してから持ち帰るためにトランクに入れる時点で反射鏡は折れるわ(一緒に運んだ店員に物凄い謝られた)、購入して一ヶ月で側面から追突されてチェーンのカバーが割れるわ(でも変速ギアの調子は良くなった)、つい最近などは病院の敷地内に停めたところ救急車に轢かれて後輪泥除けがひしゃげるわで、もうそれは満身創痍なのであった。かろうじて生存なのであった。そのエロチャリの後輪が今朝方逝去されており、三人に現状説明を兼ねたメールを送ってみたところ三人とも「新車を買え」とのことであったので、買いました。

実際にはダークグリーンなのだけれど(先日買った吉田カバンもなぜかグリーンだった)(別に緑が好きなわけではないというか、今までの人生において緑ほど重要度の低かった色はない)(過言)、街乗りサブカル自転車少年からパリジャンに変化したかのような心境です。運転中、前傾姿勢の「ぜ」の字もない。優雅。もう急ぐ気とか全くなくなる。だから約束の時間に遅刻したとしたって、それは僕のせいでなくサンタモニカのせいなのです。だから怒らないでください。ていうか誰か約束してください。友達になってください。

あと家に着いて保証書見るまでずっとモンテカルロだと思っていた。ついさっきはサンタマリアだと勘違いしていた。困った名前だ全く。

2005年12月31日

総括・2005

君たちはもうとっくの昔に忘れてしまっていることかも知れないけれど、僕は MovableType といういわゆる CMS ツールを使ってウェブログというやつを構築していて、そこへ monologue には書かない(書けない)ような物凄くどうでもいいことや物凄くくだらないことやあと物凄く意味のないどうでもいいことを書いていたりしています。そしてそれは今や虫の息のような更新頻度であって、正直、だからこそ、君たちはもうとっくの昔に忘れてしまっていることかも知れないのだけれど、これがそのウェブログというやつです。はい。これだ!(突然登場したことを示す安い効果音)

総括・2004 という文章(ネタ)を去年の暮れに書いていて、それであれば今年も何かしら総括しなければなるまい、とかそういった風合いで書き始めたこの文章であるのだけれど、もう既に面倒くさい。無駄作業に没頭したい。デジタルデータの改変に無駄な時間を費やしたい。具体的にいうならば、セーブデータの邁進に勤めたい。つまり、ゲームしたい。ゲームしたい。ゲームしたい。

良かったゲーム・2005

XANADU Next

十月頃にプロモーションを見たときには「へー」くらいであったのだけれど、年末になり近所のゲームショップへ行ったらばとてつもなく魅惑の輝きを放たんばかりにアピールするというかまあつまり欲しくなったので、買いました。なぜかその店には 限定特典版 しか置いていなかったので、手元に「風の伝説ザナドゥ I & II 完全復刻版」も置かれることとなりました。ヤバイ。

ユーザーのことを真剣に考えたゲームメーカーってあまりないような気がするのだけれど(おせっかいなら多々あるよ!)、ファルコムは間違いなくそういった企業であるような気もするのだよ。ソーサリアン最高。

良かった映画・2005

あまり観ませんでした。

良かった CD・2005

あまり聴きませんでした。

良かったソフトウェア・2005

iTunes

iPod 購入をきっかけに使い始めてみたり。あまり再生回数なんかをカウントするプレーヤーは好きではないのだけれど、せっかく作ったリストで聴いてない曲があるのもアレかな、などといろいろ考えて使ってみたりしています。あとは Winamp とはちょっと違うシームレス再生とか。我が家の Winamp はなぜか ID3v2 Tag で曲情報などを入力してあると妙に継ぎ目ができてしまうので最近はあまり使っていません。わざわざリストに入れるのも面倒だな、というときにのみ。

良かった小説・2005

ドグラ・マグラ - 夢野久作

ようやく読み終わりましたよ。別に発狂はしなかったけれど。思うに読むと発狂するという噂は、どこかの小説好き女子大生なんかが面白がって始めた根も葉もない噂なんじゃないかな。だって、そうじゃなかったら僕も発狂しているはずだよね。だからきっとこれは、たちの悪い冗談なんだ。おおっと、こんなところでこんなことを口にしているなんてばれたら、それこそ女子大生にいろんな方法で発狂させられてしまいかねないぞ。くわばらくわばら。

良かった漫画・2005

プ~ねこ - 北道正幸

お前ら読め!

去年に比べると何だか無駄時間を削減されてしまったせいか薄い一年でした(少なくとも 404 における僕は、という意味で)。まあ相変わらず Civilization やってたり、気が触れたような間隔で mixi にログインしていたりはするのだけれど。でも以前ほどには文章を書きなぐりつけたりなどはしておらず、というかインターネットで文章を書くことに対して読む側と書く側の対価のアンバランスさにどうでもいいやとかなったりならなかったり、大人買いしたり、ともかくも元気にやっていますよ。よいお年を。ハレルヤ小市民。ビバ。

2005年11月21日

たよりない僕らの果てしない明日

近頃はめっきりインターネットする時間も減ってしまい(けれど mixi 中毒)つまり思春期の少年にとってのカルシウムほどの必要な栄養素が欠けている状態でありやはり Movable Type も使いづらいなーとか以前と同じことを感じていたりというかこれは入力画面の狭さが心理的圧迫感を煽動し何やらでありつまり閉塞感によるものであるのだろうけれど人生そのものが閉塞し切ってしまいかねない僕においてはそのような心配は全くの無意味でありというかここぞとばかりにスタイルシートをいじったりすればよいのだろうけれどもはやディレクトリ構造やら何やらを掘り下げることすらままならないし句読点とか打ち方覚えていないしここまで一息に読み切れたらある意味才能であり無駄遣いであると思った(人生のリソースの)。

誰も待っておらず期待してもいない Movable Type アップグレード計画 は絶賛頓挫中であり、ていうか月一エントリーがかろうじて、という今のペースでは全くの無意味であるため 3.2 Release 2 をダウンロードした時点で一切の行動が終了している。

ダメ文章を連ねて僕の矮小なアイデンティティとしていた monologue は一ヶ月ほど更新しておらず、するとどうだろう、一日あたりの訪問者が以前の三分の一ほどにすっかり減少やる気ぐったり、ちゃっかり更新ペースダウン、と三段オチであり、小鳥さん の某所における言い分はもっともであると思った。あとあなたは鳥肌実氏とは何の関係がありますか。

光るキーボードとか欲しいとか言っていたような気がするけれど、今の超絶使いづらいダメ配置キーボード(ロジクール)から脱却できたらもう何でもいいと思った。なんでこんなに使いづらいんだこれ。手首痛い。

炊飯器も一ヶ月近く沈黙しています。というかあまり食べていません。

早起き生活応援サイト というものがあるそうだけれど( Junkline 経由)、僕のように起きる時間帯が一定でない仕事の人はモニタの前で疎外感を感じ涙で枕を濡らしその冷たさのために早起きしてしまうに違いない。

狭いインターネットを楽しんでいるので、世界が狭いです。

一気に気力で書き上げてしまうためにいろんな雑音が混じる僕の文章というのは、もはや僕のスタイルであるともいえるのだし、こうでもしないと更新なんてできないという気質でもあり、ていうか実際まだエントリーのタイトルとか決まっておらず、ぎりぎりまで更新ボタンを押すかどうかは五里霧中であり一寸先は闇でありどうしても「ちょっと先は闇」とか読んでしまう、なんていう人はお便りください。

先日知人の舞台を観たのだけれど、暗転してから携帯をいじる馬鹿の多いこと多いこと。やつらは自分の方へ画面を向けさえすれば、他人には一切その光量が気にならないのだと思えるくらいに哀れな脳味噌を持っているらしい。あっちこっちでぼんやり人の顔が浮かび上がる。目の前で不自然な四角い光の枠が見えたり消えたり。ファックでした。あと、折り畳み携帯の開いたときの音がうるさくて仕方ない。パチッてやつな。なぜまた開くというのにわざわざ折り畳むのか。そこからしてわからない。なぜまた脱ぐというのに服を着るのか。そこからしてわからない。だからほら、そんなもの脱ぎ捨ててしまいなさい。

とりあえず今のところはそんな感じ。

2005年10月14日

上京物語

九月九日から十二日までの間、東京へ遊びに行きました。

2005-09-09 Sun.

九月九日午前七時の高速バスで名古屋発。実はこの時点で前日の夜行列車やら何やらに乗れなかった(ていうか予約とか全くしていなかった)というダメストーリーがあるのだけれど、というかこの時点で何やらネタくさい旅行になりかけていたかも知れないと今振り返ってみれば思うのだけれど、ともかく午前の便で名古屋を出て昼過ぎ頃に東京新宿駅周辺に到着。所要時間六時間。お値段は五千円とちょっと。わーお安い。わーお得。タイム・イズ・マネー。

賢明な方であれば瞬時に見抜きかつ侮蔑しかつ嘲笑するのであろうけれど、僕は予約だとか計画だとかいう類の物事がとてもとても苦手で、というか超苦手で、できることであれば一生のうちに関わる回数を極力少なくしていきたいのだけれど、生きたいのだけれど、そうなると他人に迷惑がかかるというのは必然であって、要するにアドバイザー兼ツーリストの友人におんぶかつ抱っこであり、しかも給料はなしという超絶不遇にてこき使ったのであるけれど、というか本当に一ヶ月振りの文章はままならぬというか更新頻度の問題で毎度のことであるけれど、そういう感じで地元人に頼りまくり依存しまくりお任せしまくる旅路であり、昼食を食べてすぐ 大丸ミュージアム巨匠デ・キリコ展 へ顔を出してみた。ブロンズ像すげーとか思いつつ、途中からどうしても「この巨匠は笑いの巨匠に違いない」という観念を拭うことができず、シュールかつアイロニックな登場人物(スーツ)の心情たるやいかなるものかむべなるかな、などと思ったり思わなかったりした。あとその造形は間違いなくゆでたまご氏も参考にしていることと思う。各自確認されたし。

その後隠れ家的な飲み屋などへ足を運び、麦焼酎や芋焼酎などいただき、その後はややあやふやであるのだけれど、多分漫画とかをたくさん読みました。かしこ。

2005-09-10 Mon.

驚異の睡眠時間を確保し、午後四時頃まで寝ていました。ろくなことをしていません。前日に引き続き食べたり飲んだりなどしていたと思います。あとはよく思い出せません。ヴィレッジヴァンガードダイナー(阿佐ヶ谷) へ行った。

2005-09-11 Tue.

実は今回の旅行のメインイベントたる(唯一の)計画であった 目黒寄生中館 へ足を運ぶも、祝祭日の月曜日は開館ということを全く知らず、さらにその翌日の火曜日は休館であることなどどこにもインフォメーションはなく、現状、間違いなく休館していた。はらわたが煮えくり返る(自分に対して)思いを抑えつつ、駅へ向かいとぼとぼと歩いていると、目黒区美術館チャールズ & レイ・イームズ展 がやっているよと。休館だよと。とぼとぼと歩き続ける。

夕飯を食べて名古屋へ帰ろうかと考えていたけれど、下北沢のヴィレッジヴァンガードにも寄ってみたいなどという欲が出てきたためもう一泊。お茶の水で楽器とか見て「グレッチが七万円かー」とかいう。

2005-09-12 Wed.

前日のリベンジのごとく目黒寄生虫館へ。唯一の従業員は何だか文系の美人みたいな人で、せっせとディスプレイや寄生虫の入ったケースを磨いていた。美人 + 寄生虫 + 平日の昼間、これほどギャップを生み出すカオスな異空間は日本に数えるほどしか存在していないと僕はここに断言する。そしてこれは認知度を広げたのちに萌えなるものへと昇華するのであり、ていうか寄生虫とかニーズなさそうだから商売にはならないと思った。あと他の客が日本人じゃない幼稚園児らの遠足っぽいのと、おじいちゃんおばあちゃんしかいなかった。後日「目黒区の小学生は遠足に寄生虫館に行くの?」などと聞かれ、物凄くどうでも良かったのでそれをオブラートに包んで「さあわからないですねー」とか返したら「リサーチ不足だろうがこん畜生め」と(集団で)不当に罵られたので、識者よりの情報をお待ちしております。あとイームズは面倒くさくなったのでやめた。

キーボードとかブックカバーとか饅頭とかほとんどしょうもないものを携えつつ、午後四時の高速バスで名古屋に向けて出発。午後十時頃着。恵那で降りた女の子が可愛かったことと、運転手に「恵那で降りるんですけど(迎えの人に)どう言ったら(場所が)伝わりますか?」とかいうことを聞いていて、根本的下調べ不足の僕が言えたことではないけれど、そこらへんは柔軟なコミュニケーションで迎えの人に伝えろよと思ったけど可愛かったし運転手も快く応じていたので良かったと思った。下心は偉大だと思った。

別に急いでいるわけでは全くないのに走って書きました。どこかで秋葉原に行ったはずなのだけれど思い出せない。思い出というのは、そういうものなのである。オチがないとかそういうことを気にしてはいけない。

2005年08月02日

新しい PC の環境を考える

つい先日 PC を衝動買いなどしてまだその操作感にも慣れないままであるのだけれど、ていうか前の PC にはどんなソフトとかそんな感じのものが入っていたっけ?とか思案しながら決してその前の PC を起動させるような面倒くさいことはせずに自分の勘を頼りにネットを徘徊してそれらしきソフトウェアを拾ってくるのだけれど、このいわゆる環境というかそういうあれをどのような感じに調整していったら素敵な PC ライフが送れて素敵なインターネットライフが送れて魂の解放ができて解脱できるのかとかそういうことをさっきから考え始めました。

現在使用中の主なソフトウェア
CategoryNameDescription
Web BrowserMozilla Firefox基本的に。
MailerMozilla Thunderbird基本的に。
Text Editor萌ディタ何となく導入してみたら何となく本採用の運び(本採用?)。
Music PlayerWinampClassic Skin だと小さく表示されすぎるので不本意ながら Modern Skin とか使用中。foobar2000 とか iTunes とかどうなんですか?
DecompressionLhaplusWinRAR を試用していたけれど、まあお金払わなくても良いソフトウェアがあるんならそっちにするべ、と。べ?
Image (Edit)GIMP他にもいろんなものを入れたり消したり。Blender とかいじったりね(すぐ消した)。Inkscape とか Sodipodi いじってみたりね(自分には必要のないものだとすぐに気付いた)。
Image (View)IrfanViewシンプルで楽です。
FilerX-Finder最近使い始めました。
MessengerRegnessem最近あまり使っていません。

つまりこういうことをここへ書いておいたら、親切で暇な人が「おいこういうのちょっと使ってみろよ」と僕に教えてくれるかも知れないわけだし、実際そうなるといいと思った。だから親切で暇な人は僕に素敵なソフトウェアを教えてください。

あと Devas とか Clock Launcher とか CDex とかいろいろ便利なソフトウェアも絶賛使用中であるのだけれど羅列が面倒になったので諦めました。

2005年07月29日

ハッピー・バースディ

イエスハッピーバースデイ(自分が)。取り立てて誰に祝われるわけでもないので自分で祝うしかない。しかない、ということはないのだけれど、というか、誰にも祝われない状況と自分でしか自分を祝えないような状況と、どちらが幸せでありどちらが不幸であるか。これは実に相対的でシーソーゲームな問題であるといえるのだけれど、考えれば考えるほど面白いくらいに奈落の底へ転げ落ちていく気分を味わえるのであり、しかし場合によってはもはや底へと到達してしまっておりただ気分だけが滅入るという、まあ結果としてはどちらもさほど差がないというか僕自身見分けがつかず、なぜこんな文章を書き始めてしまったのかと後悔が募るばかりだ。

さらにこのような文章を公開するということは、まるで「私は今日がバースディであるのでお祝いしなさいあなたたち」というようないささか人望のないお嬢様キャラのような雰囲気を醸し出してしまうので危険であるといえる。まあ既に僕の場合、乗りかかった船から下りるという器用というかまあ普通誰にでもできる芸当ができないような性根の貧困さであるから、沈みかかっている船であろうと僕はお供します、いや君は残りたまえこの船と一緒に逝くのは私一人で十分だ、しかし船長それでは、これは船長命令だ今すぐ船を下りたまえ、ちょっと待てよあんた一人で何ができるんだ俺が残ってやる、機関士長が残るのであれば自分も、僕も、という何かこう、潜水艦と戦争をテーマにした映画で何か流行ったやつありましたよね。僕は全然観ていないのですが。なぜ僕は観ていない映画の話をしていますか。

よくはわからないけれどそういうことであるので、僕は一回り大人になったといえるのですが、それでもこのような文章を書き続けることは実にあれであるといえますし、まるで「誕生日おめでとうはいプレゼント」的なコメントを求める発想の貧相さが見え隠れするかのようなこの文章というかあれですが、実際のところ現在脳から伸びた神経と指先が結合しているかのような状態であり、夜勤明けに自分が誕生日であることに気付くなどあまりに愚行だと思った。もう僕に言えることなど何もない。

2005年04月17日

クールな電話番号は変わらない

別にクールであってもなくても全く関係はなくて問題もなくて、言わずもがな クールなURIは変わらない のもじりなだけであるのであまり気にする必要もない、という。

携帯電話の契約者名義変更をした。学生という身の上であり、アルバイトをする時間もろくに確保できない身の上でもあったので(局地的には激暇だったけれど総合的には激多忙であったよ!)、今まで引き落とし口座やら契約者名義は親のものになっていたのだけれど、それを自分名義に変更した。で、その際に「契約を新規に結ぶと考えていただければよいのですが、番号継続される場合は 1,800 円(税抜き)の手数料がかかりますがよろしいですか?」と。

現行の多くのシステムでは携帯電話機種変更の際に、二つの選択肢がある。現在利用中の契約を解除して新規に契約を結ぶか、現在利用中の契約を更新して機種を変更するか。前者では電話番号が変更され、後者ではそうならない代わりにいくらか手数料がかかる。

僕個人の考えとしては、変更後の電話番号をあちらこちらへ通知する必要が発生するということはとても煩わしくて、万が一通知漏れがあったりして悲惨なことになったりしたら目もあてられないわけで、数千円程度でそのリスクが回避できるのであれば全く問題になるようなことでもないわけであって、その数千円や携帯電話本体の値段のいくらかをけちって新規契約扱いにすることなんて(よほど電話番号を変更したい理由がなければそれ以外に何があるだろうか?)(例えば昔の恋人がしつこくコールしてくるとかね!)、ナンセンスで器の小さな話だなあと思うわけです。保持している番号が覚えやすいとかそういうメリットのあるなしに関わらず。

ので、機種変更や契約プラン変更時にもむやみに電話番号を変えない方が鬱陶しがられたりせずに済むよ、ということを声を大にしたり部屋の片隅でぼそぼそと言ったりしたいわけです。言います。

あと vodafone ショップの店員は基本的に不親切というか、あまり合理的でないというか手際が悪いと思った。契約書につらつら書いてる間にモニタを見ながら「そちらは変更でよろしいですか?」「以前の契約ですと〇〇ということになっていますがよろしいですか?」とか進言するのだけれど(しかも書類に書いた後に!)、正直数ヶ月~数年前にどうのこうのした契約のことなど覚えていないのであるから、いっそのこと「今はこういう契約ですがどうしますか」と以前の契約内容を出力して比較しながらどうのこうのできるようにしてくれたらいいのにと思った。別に vodafone ショップの店員全員がそうであるとは間違っても言わないけれど。

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2005年03月14日

韓国に行ってきました

三月七日から九日にかけて、ゼミで二泊三日の卒業旅行兼研修(建前)ということで韓国に行ってきました。日付が オーストラリア旅行 の翌々日なのは間違いではなくて、本当にこんなネタっぽい忙しい馬鹿馬鹿しい頭の悪いスケジュールを組みました。死ぬかと思いました。気温差は摂氏三十度にも及んだようです。もはやよく覚えていません。

で、また覚えていることを。都合上疑問符が多いです。

2005-03-07 Mon.

朝 7:05 に中部国際空港セントレア集合。多分メンバーの中で一番現地に近いのだけれど、それでも午前五時起きだったりする。六時には家を出ていたりする。ねえ、もうちょっと余裕とか持ちませんか。そもそも現代人にはこの余裕というものが足りないのであり(以下割愛)。

一週間前にも訪れているので出国手続きは物凄く手早く済む。三十分以上だらだらしたあとに搭乗、フライト。機内食は和食だったけれど、やっぱり味はちょっとアレというか、明らかにヨン様ツアーの豹柄スカーフのおばちゃん集団とかで、ああああ。客室乗務員は全員日本人でした。

一時間と少しで韓国、何とか空港着(全然覚えていない)。現地は晴れていたはずなのだけれど、物凄い濃度の霧がかかっていた。ガイドの方は日本語の上手な女性で、カンさん?という方(一度も名前呼ばなかったけどね!)。車を一時間近く走らせ、首都ソウルへ向かう。

ソウルはまさに日本の東京以上の人口密集地帯であり、地震がない国柄から奇抜ともいえる形のビルが立ち並び、士郎正宗的なオリエンタル繁華街まさしくここに、といった様相であった。中国もこんな感じなのだろうか。

午後一時過ぎに食事を取る。言葉が全く通じず、ノンバーバルコミュニケーションの際には一切言葉を発しない店員の人。あと日本と比べると全然愛想ない。あと辛い。あと物価は驚くほど安いけれど多分数百円分くらい誤魔化された。さておき。その後、ミョンドン?のセジュン?ホテルへチェックイン、男性陣(三人)は後から合流することになっていたゼミ教授を待ち、女性陣(五人)はエステへ。

14:30 には合流予定が、飛行機の遅れで 17:00 くらいに合流。連絡がつかず、ロビーで男三人、三時間くらいうろうろしたり眠りこけたりする(迷惑)。途中明らかに怪しい風体の韓国人男性が近寄ってくる。「私日本語勉強してマス」「日本五回行ったことありマス。アタミー、トウキョー、(どこかの温泉街。失念)」「三人?今日来た?」など、たどたどしい会話の後に、おもむろに鞄から名刺大の紙を取り出す。「ピンクサ〇ン」「ソー〇」。明らかに風俗。「男なら!」「二時間、頑張りマス!」の捨て台詞を残し、男、別の日本人観光客の下へ。「二時間頑張ります」はこの旅行中の流行語大賞を獲得。

教授らと合流、エステ組も戻り、焼肉を食べに行く。これが美味い美味い。牛肉も豚肉も美味い美味い。岩塩で食べるのが結構イケる。Prime というビールが日本のものに比べて口当たりがよく美味しく感じたのだけれど、今検索してもそれらしきものが拾えず。ちゃんと細かく見ておくんだった(真琴さん とか普通に知ってるだろうか)(指で王冠が外せるやつです)。あと向こうの焼酎は口当たりがいいので飲みやすいのだけれど、何気に頭に来るのでクラクラした。とにかく肉は最高でした。

夜の街へ、11:30 くらいに繰り出す。東大門?という歓楽街ぽいところで買物。どうやらこの街は新宿+歌舞伎町的な位置付けであるらしい。深夜であるにも関わらず大音量で何かイベントを開催していた。

その後コンビニ(LG25?とかいうチェーン)で食糧(主にスナック菓子)とアルコールを買い込み、ゼミと称しつつ人生相談など、具体的には修学旅行的トークを繰り広げる。午前二時くらいまで続く。

2005-03-08 Tue.

翌朝、朝食に韓国の一般的な食事であるらしいお粥を食べに。小豆お粥とかそういったものを頼んだら、出てきたものは本当に小豆の味しかしないペースト状のものだった。伝統的お粥と現代お粥というものがあるようで、伝統的な方は結構アレらしい。かぼちゃお粥を頼んだ人と黒胡麻お粥を頼んだ人はともにグロッキー。どちらもペースト。ていうか大き目のラーメンの器にいっぱい入ってるくらいの量で普通に無理。ていうか別の机に座った日本人客には「伝統的お粥は口に合わないだろう」と店員が進言していたのだけれど、何も言われなかった。精進するべき顔付きであったのだろうか僕らは?食後の杏茶みたいなのは美味しかった。

朝市みたいなところへ出かける。ホットック?ホッタクン?とかいうようなそういう食べ物を食べる。ホットケーキミックスにハチミツとシナモンを入れて焼いたようなもの。五十円くらい。ホットック?とホッタクン?は油で揚げたかどうか、の違いがあるらしい。美味しい。

ニセモノブランドバッグ店への呼び込みが「ニセモノばっかりだよ」と。これは逆効果ではないか。というか誰に教えてもらったのだろうか。

その後タクシーでキョンボックン?という、古城みたいな観光名所らしきところへ。が、定休日

とりあえず観光客らしく、記念写真を撮って帰る。他にも観光客は何人かいて、日本だったら定休日とかないんだろうなぁ、と思ったりする。そうでもない?知りませんが。

韓国の昔の建築家は派手好きなんですねっていうかところどころ雪が残っていて寒かった。しかも定休日だ!

歩いて近くの店まで行き、サムゲタン?を食す。鶏肉、柔らかい。フライドチキンも食べる。鶏肉、超絶柔らかい。でもトマトケチャップがちょっと辛いのはやはり韓国であるなと思った。あと、食前酒でわさびっぽい味のお酒が出て(焼酎)、朝鮮人参か何かと聞いたけれど詳しくは忘れた。サムゲタン?に入っている朝鮮人参は苦かった。

ここで教授らが一足先に帰国、タクシーでホテルへ向かう際にタイヤキを買って食べる。店のおばちゃんが物凄い良い人で、日本語一切しゃべれない(こちらも韓国語しゃべれる人が帰った)のだけれど、ナンデムン?(南大門)とかトンデムン?(東大門)とかキョンボックン?とか、知っている単語があるというだけでお互い嬉しそうに大笑いする。言葉のない異文化コミュニケーション。ノンバーバルコミュニケーション。

南大門に行った覚えがあるのだけれど(朝?)、いつ行ったのか思い出せない。あとこの日の夕食は何食べたっけ?タクシーでいくらか上乗せされたことしか思い出せない。

タクシーで思い出したけれど、一般タクシー?と模範タクシーというものがあって、後者は日本語か英語がしゃべれて若干高い。と言っても一般タクシーは 160 円から、模範タクシーは 400 円からなので、日本からすれば全然安いのだけれど。韓国語しかしゃべれないドライバーだと文句のつけようもないから、模範タクシーが良いと思った。

2005-03-09 Wed.

朝からインサドン?へ。伝統的工芸品めいたものを売っている地区。

朝食がまだだったので(ホットック?を食べたけれど)、食べ比べるかということでマクドナルドへ。オーストラリアともね!四番のメニューを注文したかったのだけれど、韓国語で四が言えない。four とかも通じるかどうかわからないし、さてどう注文したものか、と逡巡していると、普通に日本語で案内された。穴があったら入りたいとはあのことであろう。

その後ミョンドン?へ戻り、足ツボマッサージへ。こんなもん別にいいよとか思いながらも、すげえ!を連呼する男性陣。思わず垢すりみたいなやつも買う。

14:00 頃、セジュン?ホテルをチェックアウト。カンさん?に連れられ、免税店へ。事前情報があったから助かったのだけれど、普通の市場より三倍くらい高い。席に座ってキムチの試食会みたいなことをやって、まるで日本の通販番組のようであった。キムチが辛くて食べられなかったので残すと「辛いのダメ?女にも弱いでしょ?」と店員に言われる。真顔で。そうなの?

16:00 頃の飛行機で何とか空港を後に。また霧が凄い。小一時間眠ったらもう日本。近いということは最高だ(オーストラリアは六・七時間所要)。

まぁそういった感じでデスマーチ的卒業旅行週間は終了しました。セントレア開港以来数十・数百万人が訪れているだろうけれど、十日間で二度入・出国した人はそうそういないんじゃないでしょうか、と。

あ、オチはないですよ。本当に。それだけ。

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2005年03月06日

オーストラリアに行ってきました

三月一日から五日、三泊五日のオーストラリア旅行に行ってきました。何かと(別の意味で)話題の中部国際空港セントレアから出発、オーストラリア北部・クイーンズランド州の観光地、ケアンズまで。卒業旅行という名目ながら、同行した幼なじみ(男)は来年卒業とか、スタート地点から怪しかったりしますが。

覚えている範囲で、出来事をつらつら書きましょう、と。

2005-03-01 Tue.

19:55 発の飛行機でセントレアからケアンズへ向けて。オーストラリア航空。前の席のおっさんが物凄く鬱陶しかったことと、空席に勝手に移動するおばちゃんにげんなりしたことと、とにかく長時間のフライトで疲れたことと、真っ暗だったので景色も何も楽しめたものじゃなかったこと、くらいしか覚えていなかったり。疲れた。

あと、機内食の壮絶さといったらなかった。壮絶だった。

2005-03-02 Wed.

現地時間 4:00 周辺にケアンズ空港到着。時差は日本より一時間遅れているくらいなので時差ボケなんてありえないのだけれど、飛行機の中でろくに眠れなかったために凄い疲労度。ツアー会社のバスに乗って、現地事務所へひとまず集合、説明を受ける。今さらオプショナルツアーの説明されても事前予約してるよ、抱っこちゃんコアラなんていいからとにかく休ませてくれよ、と不満を募らせながら説明を聞く。ごめんなさいスタッフの H さん。

6:00 頃に一通り説明が終わり、ぐったりしながら街をうろつく。が、当然開いている店の方が少ないわけで、ていうか 14:00 までチェックインができないので八時間をどうにかして潰さなければいけないわけで、とりあえず同行者が「(機内食の)口直しをしたい」というので、アーケードに並んだいくつかの店を眺め、Kebab を食べることにする。味自体は普通に食べれたのだけれど、ドリンクが甘い甘い。あと虫とか鳥とかうろうろ。最初のカルチャーショック。

放浪に放浪を重ねて(半分は事務所前で座ってた)、8:00 を過ぎるあたりから店が開き始める。それでもまだうろうろして、10:00 頃に iNTiME というマリンスポーツショップ?へ。日本を出る際に水着を用意しなかったという不手際さ。どうせ向こうの方が安いだろう、という確信的不手際さ。ベッキーみたいな声の高い女性店員は局所的に日本語を交えるので、余計コミュニケーションが取りづらかった。

余談だけれど、今ケアンズ人口の半分くらいは日本人だよ!

そのベッキーの店ではちょうど良いサイズの水着がなかったので(ウエストが大きすぎ)(最低で 30 までのサイズしかなかったけれど、腕一本余分に入った)、"Another store, we have size twenty-eight, NIJU-HACHI" とか微妙に聞き取りづらい高音域ボイスの説明を頼りにチェーン店へ向かう。余裕で迷う。北へ向かうべきところを東へ向かっていたり。

で、チェーン店には確かに 28 があったのだけれど、試着室もないしデザインも微妙だったので結局ベッキーの店へ戻る。高音域で "Oh, OKAERI" とか言われる。彼女らはどこで覚えるのだろう?観光客の会話を聞き取るとか、現地日本人スタッフから?(もちろん、日本人が一番お金を放り投げるからだろうけれど。)

水着とサンダルを買い、アクセサリーショップの日本人スタッフの案内で Lagoon へ。ケアンズ観光街にあるプールのようなもので(海水)、そこで三十分ほど泳ぐ。日本人が多い。

時間がちょうど良い感じになったので、ホテルへチェックイン。Cairns International Hotel は割にランクの高いホテルだそうで、確かにベッドルームは最高だったので大満足だった。歯ブラシと剃刀がなかったので後日マーケットに買いに行くのだけれど。二人部屋にダブルベッドが二つ、ということは連れ込み可だろうか!とか言い合うも、僕らにそんな気概はないのです。寝心地とかは最高でした。空調も最高でした。

六階の窓から見える景色はなかなかに壮観だったのだけれど、あのホテルは確か十五階か十六階くらいまであったから、きっとそっちはもう筆舌に尽くしがたいのだろう、とか。

マーケットへ行き、生活雑用品と飲料水と歯ブラシを買う。そんなに物価は安くはなくて、ペットボトル一本 3.50 AUD、日本円で 300 円前後くらいだった。同一の商品でも店舗ごとに結構値段の違いがあったり、メーカーによって倍近い値段だったり、という点も日本とは大きく異なるのだけれど。土産物屋で TimTam とジャーキーを買う。前者は冗談かと思うくらい甘いチョコレート菓子、後者はカンガルーやエミューの燻製。食べられなくはない。

土産物屋にあったカンガルーやクロコダイルの前足を使った孫の手が物凄く不気味だった。黒魔術儀式にも使えそうなので、お立ち寄りの際にはどうぞ。

2005-03-03 Thur.

オーストラリア滞在二日目はクルーザーで グリーンアイランド へ。結構なスピードで走るし揺れるしでちょっと酔う。ていうか本当に日本人多い。乗船スタッフの四分の一くらいは日本人スタッフだったような気がする。日本人客の割合もそれくらい。

一時間弱の船旅後に着いたグリーンアイランドは、もう最高としか言いようがなかった。グレートバリアリーフの珊瑚礁だったかが世界遺産に指定されていたというような話だったけれど、見た瞬間に確信を持つことができるものだった。死ぬまでに一度は見ておくべきものを見られた。海、碧、空、青、砂、白。魚に 20cm の距離まで近付ける。雨季であったためたまに雨がぱらぱらと降ったが、晴れたらすぐにそれを取り戻すかのような暑さに。紫外線対策はしすぎて困ることはなくて、日本から持参した強力日焼け止めでは三倍の紫外線に耐え切れず、背中一面を真っ赤にすることになった。あと髪も焼けてやや色落ちした。

昼食はそのままグリーンアイランド内のバイキングで。小鳥が人間のおこぼしを狙って徘徊(雀や鳩もいた)。というか相当ワイルドに人間の食事を狙っている黒い鷺のような鳥がいて、椅子や机の上から首を伸ばしつつ威嚇などしていた。かなり大げさに手を振ると逃げるのだけれど、30cm くらいの距離に近付いただけでは微動だにしなかった。タフ。

食事後再度泳いだりする。そういえば底面が硝子張りになったボートで珊瑚礁を見学もした。シャコ貝だったか、数メートルサイズの貝なんかも見た(あれってブラックジャックに出てきたやつだろうか)。珊瑚礁の造形も理解、というか、空想や想像の枠を思い切り飛び越えたようなものだった。

14:00 過ぎにグリーンアイランドを出発し、ケアンズへ戻る。その後少し買物をしてうろうろするけれど、相当疲れていたのと背中が焼けすぎて痛かったので早々とホテルへ戻る。食事をしに外へ出たり買物したり、の繰り返し。食事はお世辞にも美味しいとは言えず(日本人の口には合わなさそう)、油で揚げたものは必ずバターの味がしたり、どこか大雑把なところが残っているものであったり。ケンタッキーもマクドナルドもどこかが違う。コカ・コーラはダイエットコーラの味だったり、ペプシコーラがやたらと美味しく感じたり。ケンタッキーはベーコンとチーズを追加でトッピングできたりして、それは目新しくて良かったのだけれど。

2005-03-04 Fri.

オーストラリア滞在三日目は電車で、これも世界遺産に指定されている キュランダ へ。

外観も内装も乗り心地もレトロな電車で、二時間かけて高度 340m のキュランダ村へ。路線開通には歴史的なエピソードと大工事があったとのことで、ケアンズ郊外の共同墓地を横目に見る。

ユリシーズ(ユリシス?)・バタフライ という「一度見たら幸せになり、二度見たら幸せが帳消しになり、三度以上見たらお金持ちになれる」なんて幸せの青い鳥を地で行くような綺麗な蝶が見られたりする。

「この風景は十年間、『世界の車窓から』のオープニングで使われていたんですよ」とのこと。僕はあの番組の密かなファンであったりします。

途中、何とか言う駅に着く(ストーニークリークだっけ?忘れた)。物見台のようなところから壮絶な滝の景色が見られるから、是非写真を撮ってみてくれ、というスタッフの声に促され、電車に乗った数百名規模の人たちが一箇所に集まり、カメラを構える。いかにも日本人らしい光景であるなぁと思ったのだけれど、観光客というのはそうあるべきのようで、白人も多く見られた。キュランダに集まるのは日本人で、欧米人はモスマン渓谷に集まりがちのようです(蝶の習性のような解説)。

バロンフォールズ(バロン滝)は物凄かった。絵葉書かミニチュアでしか見たことのないようなものを、数百メートル先に見ることができた。ケイン・コスギと宍戸開が「ファイト一発」のアレを撮影に来たそうですよ(どうでもいいけれど)!

キュランダ村で食事をしてから、買物と散策。日本人スタッフ多すぎ。BICO というサーファーズブランドのネックレスなんかを仕切りに薦めてくれて、「〇〇(何かのドラマ)でキムタクが着けていた」「中居くんも着けていた」「これは浜崎あゆみモデル」と実に(僕にとっては)魅力的でないセールストークで迫ってくるので、学生生活中に習得した作り笑顔スキルで乗り切る。実際日本人の何パーセントかにとっては物凄く魅力的な商品で、値段も相当に安いのだろうけれど。ネックレスがチェーン込みで 50 AUD 切るくらい、日本円で四千円くらいでした。同行者は「来る前に友人からの買い付けリストを作成していれば」といかにも残念そうな発言をしていて、僕は「それは残念だなぁ」と思った。

とにかくそういった感じで買物をして、森林浴をして、その後帰りはゴンドラで麓まで。世界二位の長さ(一位は日本の新潟)、二つの連なったゴンドラを合計すると世界一位の長さ、という売り文句のゴンドラ。エリザベスさんという偉い人も乗ったそうですよ。僕はその人のことをよく知りませんが。

地上数十メートルのゴンドラから見るキュランダの熱帯雨林は本当に壮観で、窓からデジカメを差し出して撮った写真は絵葉書にすればお小遣い稼ぎにはなろうものであったのです。あとヤドリギとか、がじゅまるみたいな木も多くあってカオスな熱帯雨林でした。幹が直径四、五メートルはありそうな木とか。ジェットコースターは大丈夫だけれど観覧車が苦手な僕にとって、ゴンドラは向こう十年乗りたくない乗り物に認定されたわけですが。

ケアンズ着後、なぜか免税店で買物、というところまでツアーに含まれているのだとか。DFS Galleria で三十分くらい買物、帰りに無料でチョコレートをくれた。パッケージのチョコレートと中身のチョコレートの形が全然違い、しかも個数すらパッケージの方が多いという JARO に訴えたくなるような珍品をいただいたのだけれど、そもそも JARO の管轄でもないし無料で訴えるなんて恥知らずであるので恥の文化圏である日本人的にうやむやに水に流そうと思った。

ホテルに帰り着いてからは前日と似たような行動。同行者は前日の夕食の味にショックを受け、自主的かつ一身的な事情により夕飯抜きでした。

2005-03-05 Sat.

朝食を Lagoon 近くの喫茶店のコテージみたいな場所で。ハム・チーズ・ベーコンベーグルとショートマキアート(スターバックスのキャラメルマキアートみたいな甘いのではなくて、真っ黒で重いくらい濃いコーヒー)。正直これが滞在中の食事で一番美味しかった。あと雀の大きくなったようなやつが食事中にも皿に乗ろうとするので、隣の席のスキンヘッドビジネスマンは相当苦労していた。

ふと目をやると Lagoon 周辺にいくつかテントが出ていて、土曜日朝限定らしいマーケットのようなものが開かれていた。いくつか面白い商品があったので眺めて、貝殻のアクセサリーなんかを買った。

9:30 頃ホテルの部屋に戻ると、現地旅行会社スタッフの H さんから直接部屋に電話がある。「帰りのバスのご案内は何時頃となっていたでしょうか」明らかに悪い予感をともないつつパンフレットを見ると、チェックアウトは 11:00 と書いてある(前日確認済み)。が、それを伝えると「三枚綴りの、当日お渡しした……」と。嫌な予感がかなり強まり不安が増強しまくり冷や汗やや流れまくりなので「とりあえず今から下(ロビー)に行きます」と告げ、ロビーへ。数分後 H さん現れ、こちらの手荷物確認すると、黄色い蛍光マーカーの引かれた 8:35 の文字が無事発見される。慌ててバスへ。運転手のリチャードは日本通で「ゲッツ!」とか言っていた(どうでもいい)。

空港へはすぐに着き、出国手続きが始まるくらいのところであった。というか帰りのバスで送迎後、一時間 DFS Galleria で買物、ということになっていたようで、正直免税店に全然興味を持たない僕(ら)にとってはそこだけ省いたかたちになり結果オーライ(スタッフにとってみれば連絡全然つかなかったわけだからオーライでも何でもないのだけれど)(大変な仕事だなぁ)。

帰りの飛行機は天候も良く日も高く、景色はまたこれも凄いものであって、眠気も余裕で吹き飛んだ。あと機内映画は "MR.INCREDIBLE" と "BRIDGET JONES'S DIARY" で結構楽しんだ。行きの飛行機とはまさしく雲泥の差であったよ!

帰国後、同行者が「向こうの思い出を清算したい」的なニュアンスの発言で日本食を求めるので、すがきやラーメンでねぎラーメンを食すのを傍目に銀だこを食する。日本は何を食べても大抵美味しいので幸せだ。

無事、帰宅。背中の日焼けは痛痒く、二日後の朝には同じくセントレアから韓国へ飛び立つ強行スケジュールであるけれど、無事帰り着いた。

単純に海外へ自分の責任で行くことだけでなく、オーストラリア・クイーンズランドという土地はとても素晴らしいところであった(飲食に関して心構えをしておけば)。見るべきものは見られたし、行くべきところにも大体行けた。同行者にも出資者(親)にも感謝であって、ていうか本当に明日韓国行かなきゃダメですか?気温差摂氏 30 度近くあるんですけど。

2005年02月27日

これで自由になったのだ

とりあえず結果はともかく、試験終わりました。ので、久し振りに Movable Type のエントリー入力画面を目の前にしてみたのですが無駄に緊張しますねというかそういう感じです。というかインターネット断ちするとかなんだかんだと言いながら結局断たず、こっそりというか半ば開き直ってインターネットしていました。中毒。

休止と銘打ってやっていたこと

で、mixi で書いてた文章をどこかパブリックなところへ持って来ようとか思っているのですが、他人様の書かれたコメントなんかは持って来たらちょっとアレですかね。ですよね。ていうかどうやって持ってきましょうね。困りましたね。

あと来月はちょっと忙しいようです。一日~五日と七日~九日と十八日~十九日は旅行に行きます。十五日からは引っ越しを開始したりなんかしたりします。あとは誰かご飯とか連れて行ってください。

というわけでまた半月ばかり更新停止の様相。駄目っぽい。

2005年01月30日

一ヶ月間の停止と勉強と試験

知っている人もいるし知らない人もいるし、そのどちらにとっても多分どうでもいいことなのだけれど、僕は四年制大学で看護学を専攻して勉強している。ついこの間卒業論文を提出し発表会も終え、一応卒業単位も足りて(多分)いるし就職の内定も出ている。一見というかぐだぐだやっていた割には贅沢なくらいに順風満帆であるのだけれど、ここへきてその体たらくを打ち砕かんとする最大の障壁が目前に立ちはだかっているのである。その壁というのは、いわゆる国家資格試験というやつである。これに見事合格して国家資格を取得しないことには働けない。就職取り消しも当然であろうし、年に一度しかない試験なので一年間を受験勉強に費やさなくてはならなくなる。それはぜひとも避けたい。金銭的にも勿体ないしモチベーション的にもどうかと思う。性格上、一度目でダメだったことを時間をかけて再挑戦したところで大した進歩ができるタイプではないのだ。合格率九割前後の、一般的に言えば割とイージーな試験で、うちの学校(約八十人が受験)からは年に一人か二人落第者が出る程度なのであるけれど、じゃあ今その八十人から落ちそうな一人二人を選べ、と言われたら自分が入らない保証が全くないのである。これは正直どんなスプラッター・ムービーを体験したって免疫ができるものではない。落第者選択肢最有力候補という狂気が、今まさに襲いかからんとしているのである!

大仰そうに書いたけれど、要するに受験勉強するのでお休みしますということです。でもインターネットを一週間切らすと発作を起こす体質(情緒不安定になっていろいろアレする)なので、MSN メッセンジャーなんかはたまにというか割と頻繁にサインインするかも知れません。アカウント期限切れしたくないしね!

お休み中にもできそうなこと
  • メッセンジャーへのサインイン
  • 掲示板・コメントへのレス
  • mixiorkut でのメッセージのやり取り
お休み中にはできなさそうなこと
  • 404 の更新
  • monologue の更新
  • IRC への参加
  • 気合いの入ったメールへの返信

ここへ目を通す方々であれば僕がいかに意志が弱く努力のできない人間かを知っていると思うので(そうか?)、上記のあれやこれやは結果的に全然嘘っぱちになるとかそういったことも十分ありえます。というか本当にテスト勉強というかそういう類の勉強方法がわからなくなってしまったのだけれどどうしよう。というかそんなことは一ヶ月前になって言い出すことでもないし、そもそも問題集を一ヶ月前になってようやく買うというのも他の受験生に対する申し訳なさしか、という状況なのだけれど、本当に大丈夫だろうか。無理か。いやいや。頑張るよ。できる限りは。でも努力できる範囲超えちゃったら仕方ない!

本当は大学受験生らがネットから撤退する頃に同様に撤退するべきだったのだけれど、意志の弱さとかそういうアレで結局一ヶ月前まで居残ってしまった。というかこの撤退宣言を最後に本当に撤退できるかも怪しい。四月になって「就職したはいいけど仕事キッツイわー」とか腑抜けたことを書かなかったら、何というか試験は残念な結果になったのだと思ってください。何の前触れもなくこのエントリーを削除したときも同様に。気遣ってやってください。いろいろ美味しいものを送ってください。よろしくお願いします。

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2005年01月26日

不安の種

中山昌亮 氏の「不安の種」一・ニ巻を古本屋で買う。久し振りにかなりの大ヒットだったのでつい駄文などを乗せてみる(まぁ この間 買った田中圭一もヒットといえばヒットなのだけれど)(閾値が低いといえばそういうことです)。

とりあえず、まず言えることは、「呪怨は怖いけれどもう一回くらいは観たい」「リングは日本版もハリウッドリメイク版も欠かさず観ている」「貴志祐介の 黒い家 は原作小説を楽しく読んだ」「ジェイソンよりもフレディの方が好き」「ハンニバル・レクターは小奇麗過ぎるので恐怖感の対象というより尊敬の対象である」というような意見をお持ちの方には問答無用でお勧めであるよ、と。あるいは HR.Giger や Beksinski のイラストに心奪われたことのある人には雰囲気がお勧めであるよ、と。厳密には多分 Beksinski とは全然毛色が違うものなのだけれど、どことなく異様さ(異質さ)を感じるイラストに魅力を感じるのであれば楽しめるのではないだろうか。とりあえず 表紙 は見るべき。

中身は超短編のホラーコミックで、四頁かそこらで終わるようなものばかりなのだけれど、タイトルでもある「不安の種」を捲くことが方法であり手段である、というまたわかりやすい漫画。落ちも教訓も何もない。投げっぱなし。投げっぱなしスープレックス。とにかく不安を煽る絵、不安を煽るシチュエーション、行動、動き、容姿、異質さ、全部ごった煮にして一つの物語形式でオムニバス、という。そして、クオリティが物凄く高い。絵柄は実に無難で(背景はきっちり上手、人物は特に癖もなく受け入れやすい絵柄)、荒れもムラも少ない安定したものなのだけれど、だからこそ「不安の種」とのギャップが浮き彫りになっていて面白い。というか怖い。気持ち悪い。本当に不安になる。

一巻・フタの章 では「学校」の計四話、「訪問者」の計五話、「道端の影」の「降る?」「道に棲まう」が特に素晴らしく、中学生高校生であれば「学校」の四つの話はどれも身近に感じかねないことであるだろうし、翌日学校に行った際にふと思い出して不安になるかも知れない。二巻・ぼーの章 では「公共の場で」の「暗黙の了解」「匂い」、「さそう者」の「かくれんぼ」「同意」、「自宅にて」の「ちらちら」「鈍感」、「出会ってしまった」の「接触」「海を見に行く」「飛ぶ人」、「気のせい?」の「ヒマつぶし」などがお勧め。ていうか自宅でこんなことあったら生活していけない。不安で。

少女漫画的なホラーコミック(和製ホラー映画のコミック化したやつとか)に食傷気味な方には特にご飯三杯くらいイケるんじゃないかと思われる一品です。お勧め。

2005年01月21日

パーソナル・ライブ

規則正しい生活を一日でも乱すとそれ以降はもう悲惨なものになるのである、というか規則正しい生活なんてここ三週間ほどつまり年明け以降一切無縁のものであるのだけれども、勉強というかきっちりやるべきことをやるということに当てはめて考えてみて欲しいというか今「勉強」ってタイプしたら俄然やる気が削がれたという魔法のような言葉であるけれど不思議といい気がしないのでしばらく考えないことにする。

自転車には購入当初ライトが付いていなかったので買いに行く。鍵とか空気入れ買いに行ったときに一緒に買えば良かったものを。過去の自分というのはとにかく間抜けに思えて仕方がない。同じ論理でいくとこの文章も二時間後あたりには破棄したくてたまらないものになるであろうから、二時間経たないうちに書き上げてしまわないといけない。いけなくはないけど、何かこう、映画のストーリーに例えるといけない。例える必然性はない。だからいけなくない。今そう言ったよね?言ってる言ってる。良かった良かった。良くはないか。

ライトを買った帰りに(実はライトを買いに家を出たのが六時過ぎだったので既に真っ暗)(自転車には購入当初ライトが付いていなかった)(気持ち悪いループ)古本屋に寄って、よしもとよしともの 青い車 と田中圭一の 神罰 を買う。中山昌亮の不安の種という漫画が以前売られていたのを逃したのを思い出す。というか別の古本屋だったことを後で思い出す。立ち読みしただけでも気持ち悪かったのが、暗い中で自転車漕いでる間に思い出すとますます気持ち悪い。ライトが付いていないせいもある。不安になる。

図書館で借りた CDCCCD だった。借り物の CD がパソコンで聴けないのは、残念だけどどうということはない。買った CD が聴けなかったら投げ捨てかねないけど多分投げ捨てないからいいか。お金を出して円盤を買うより、お金を出して権利を買って、それで音源を何度でも DL できるようなシステムだったら良かったのにね。残念ながら当時はそんな設備と環境と構想が整っていなくて、今はもう柔らかい頭がないらしい。

真琴さん何で 404 ?と問い掛けられたことに答えるような文章を書こう書こうと思っているのだけれど、どうにも書き上げる気力が沸かない。僕はこつこつ書き上げていくタイプではなくて、十分か十五分時間のあるときに気力が充填していれば書いてみせるぜ!という典型的な兎タイプ(『童話・兎と亀分類法』 による)であるので、まぁつまりはそういうことです。

あと懲りずに中原中也の云々、ということもやっていて、全集とか読んでいて、Unicode ネイティブ(?)なエディタを導入していたり Unicode なフォントを探したりしていたりする今日この頃です。

元気っちゃ元気ですよ実際。

2005年01月08日

ジャガイモの毒で人は死ぬか

ジャガイモの毒を小道具に使ったショートショートを書いたことがあって(内容は実にくだらないものなので敢えてどれとは示さないけれど)、それに対して(積極的ではないけれど)リアクションをいただいた、というか、リンク付きでのコメントを見かけました、と。じゃがいもの毒って怖いんだね笑、とのこと。読解力不足かジェネレーションギャップかはわからないけれど、彼(彼女)がどういう意図でこのコメントを書いたか、というのがいまいち掴み切れず、多分「ジャガイモの毒で人が死ぬのかよ(笑」という嘲笑的なものではないかなぁ、という印象を抱きました、ということでこの文章を書き始めました。

死ぬこともあるそうですよ。

という、ジャガイモで本当に人が死ぬかどうか、は別に割とどうでも良くて、気になるというかちょっとアレだなぁというのは、「ジャガイモの毒では人は死なない」という根拠のない先入観か何かでもって怖いんだね笑とコメントする前に一応念のため石橋を叩いて渡るかのように検索してみる、とかいう選択肢はないのだろうか?というような。「ソラニン 中毒」で検索すると前述のページが一番先頭に引っかかるし(そのページ自体の信憑性はともかく)、自分と正反対の意見や見方をする人が現れたとして、自分の意見や見方の正当性や根拠を再確認するようなことは選択肢として優先度が低いものなのでしょうか、ということです。

知識として正しいものを持っているかどうか、は能力評価に使われることがしばしばあるけれど、コミュニケーションの際には割とそんなことはどうでもいいことが多くて、つまり、ジャガイモの毒が人を殺すことがあるかどうか?なんてことを知っていなきゃいけないということはほとんどの場面において重要ではないだろうけれど、ジャガイモの毒が人を殺すことがあるかも知れないことを可能性として認識できるかどうか?は割と重要だったりするわけですよ。無知は罪ではないけれど恥にはなり得るのです。

無駄に長くなりそうなので適度に切り上げる。

2005年01月02日

明けた → おめでたい → 占う → どうよこれ?

無事何事もなく新年を迎えました。「『あけおめ』とか『ことよろ』とか言っているやつを見ると軽く殺意を覚える」と新年早々犯罪をほのめかす発言をする友人らに恵まれた謹賀新年でありますが、初頭にナイナイの岡村が連呼していたしいいかといった例年並のぐだぐださでお送りいたします。今年もよろしくお願いします。

で、新年初日を過ぎるとやることもなくて(寝正月とかいうな